「ITをITで支援する」MSP事業者が、変革する開発・運用で果たす役割──スキルの価値が10年で消える世界においてエンジニアはどうあるべきか

ソフトウェアのライフサイクルに占めるオペレーション(運用)の重要性は、ここ数年で急速に高まっている。

ウォーターフォール型開発に代表される従来からのSI(システム構築)というスキームに加え、現在はクラウドサービスに特化したDevOps(DevelopmentとOperationsを掛け合わせた造語)というインフラ運用を含めたソフトウェア開発手法が広がっている。このことが、IT企業における開発部門と情報システム部門の関係や役割に、変化をもたらしている。

このような潮流におけるインフラエンジニアや運用(オペレーション)部門の変化を受け、現場のエンジニアに求められるスキルや役割も変わってきている。この変化に、ITエンジニアはどう対応していけばいいのだろうか。

その答えのひとつは、MSP(Managed Service Provider)にあるのではないかと考える。クラウド時代における裏方ともいえるMSP事業者が代行するサーバーの運用業務は、まさにここ数年のインフラやオペレーションの変化の最前線にあるはずだ。編集部では、ゲーム「ブラウザ三国志」(マーベラス)やブログメディア「ギズモード・ジャパン」(メディアジーン)のサーバーを管理・運用するハートビーツ 取締役 技術統括責任者の馬場俊彰氏(@netmarkjp)に話を聞いた。

株式会社ハートビーツ -HEARTBEATS-

株式会社ハートビーツ 馬場俊彰氏
株式会社ハートビーツ 取締役 技術統括責任者の馬場俊彰氏。著書に『Webエンジニアが知っておきたいインフラの基本』(マイナビ)などがある。

設定・インストールだけではオペレーションはできない

まず、現状のシステム運用業務の課題とは何だろうか。この質問に馬場氏は「人材不足」と答える。ユーザー企業・MSP事業者ともに、オペレーション業務を担える人が足りないという。

その背景には、クラウド化が進むことによって、サーバーオペレーションの役割が単なる「システム運用」から「開発やサービスと直結するもの」になったということがある。

「以前は『Cisco製品の設定ができます』『Linuxがインストールできます』というスキルでよかったものが、いまは開発現場やWebサービスにも精通し、技術的な視点だけではなく利用者や顧客目線で価値のある提案ができる人材が必要です。しかし、そのようなエンジニアは少なく、育てるにも時間が掛かります」(馬場氏)

MSP事業者に求められるスキルは、深さと広さを併せ持った、より高度なものとなる。そして、単なるサーバー保守運用代行だけではなく、開発やビジネス領域に近い立ち位置でのコミットが求められている。

これは、Googleが提唱したとされる「SRE(Site Reliability Engineering)」という考え方に近い。SREの登場は、DevOpsをさらに進化させて自動化・効率化を図るとともに、サイトの信頼性を高めようとする新しい動きだ。これによって、システムのサービスレベルも向上する。SREについて馬場氏は「世間のクラウド化・内製化の流れと合致したものだと考えています。しかし、インフラや運用が分かる人はもともと多くありません。ソフトウェアエンジニアでインフラ・運用まで見られるような人はさらに希少です」と言う。

巷では「フルスタックエンジニア」(サーバー、データベース、ネットワーク、要件定義など「何でもできる」ITエンジニアを指す言葉)などといわれるが、現実にはそんな人材はほとんどいない。製品やソフトウェアが、ハードウェアやパッケージからクラウドサービスへとシフトしている現在、リアルなサーバーやネットワークを管理し、プラットフォーム、ミドルウェア、アプリケーションまで提供するのは運用部隊だ。

そして企業から見れば、サービスを直接提供するサーバーを管理する運用部隊は、ユーザーに最も近い存在ともいえる。地道なサーバー管理やメンテナンスといった基礎的な要素技術の知識、トラブル対処の場数を踏んだ経験はもちろん重要な要素だが、ユーザー視点の価値提供に対する成果を出せるというスキルは欠かせない。

いない人材を補うには「イチから育てる」

業界での人材不足という課題に対し、ハートビーツでは未経験者でも「イチから育てる」戦略をとっている。馬場氏によればエンジニアを「イチから育てる」ためには、最低でも3年くらいかかるそうだが、独自のカリキュラムや取り組みを用意することでそれを達成しているという。

同社のカリキュラムでは、サーバー構築やネットワーク構築の基本から教える。プログラミングやインフラなどレイヤーを超えた取り組みとして、AWS(Amazon Web Services)、Microsoft Azure、GCP(Google Cloud Platform)、LPIC(Linux技術者認定試験)のような資格取得支援や、Webアプリケーションのチューニングコンテスト「ISUCON」の参加支援を行う。また、社内でもISUCONと同様のコンテストを実施したり、プログラミング部を作ったり、オンライントレーニングを支援したりと、エンジニアの多角的なスキルアップに関する施策を展開している。

株式会社ハートビーツ 馬場俊彰氏

MSPのエンジニアには高度なスキルが求められるが、ハートビーツ独自で業務に必要な技術領域ごとにトピックを整理したスキルマップを作り、若手にカリキュラム作成を任せるなどの取り組みによって育成しているそうだ。その結果ユーザー企業の開発部門のエンジニアとも対等に話し合えるレベルに至り、開発と一体化した運用支援が可能になるという。あえて馬場氏自身がカリキュラムを作らない理由は、「自分が若い頃はすべて手探りだったので、『知識がない』状態を忘れてしまったから」だと笑う。

ただし、この取り組みは完成されたものではなく、課題も存在している。カリキュラムに取り組んで3年たてば、「イチから」の未経験者でもインフラやオペレーションをこなすエンジニアの入り口には立てるが、その先の中級クラス以上においては体系だった教育は難しいと馬場氏は言う。システムの複雑化が要因なのではなく、テクノロジーの細分化が進むことによって、育成カリキュラムのこまめなキャッチアップが必要になってしまうそうだ。

またMSPにおいては、エンジニアとしての技術力育成に加え、ユーザー企業に対して先回りをしたりチームで成果を出したりすることも求められる。これらを総合的に教育だけでカバーするのは困難で、個別の業務においては環境への適応変化が素早く柔軟であることが強いとのこと。システム運用支援を行う意義は「できる人がいない問題を緩和する」ことであるが故に、その困難さは常につきまとう。

「RPGでいえばヒーラー的」なMSPエンジニア

馬場氏によれば、「MSPの業務で経験を積めば、さまざまなシステムの領域に入り込むチャンスがある」ともいう。現在のMSPは、単に作業をこなすためのアウトソースから専門的な領域、さらにいえばシステムそのものが継続的に価値を発揮するためのアウトソースへとシフトしているからだ。

そんなMSP業界が求める人材はどういった人なのだろうか。

「システム運用フェーズでのエンジニアリングは、システムの価値・成果を底上げすること自体が価値となります。そこはあまり目立たない役回りなので、RPGに例えると、バッファー(味方の能力を強化する補助的な魔法やスキルを持つ)やヒーラー(回復魔法などを使って味方の体力の回復や蘇生をする役割)といったキャラクターが好きな人がいいと思います。トラブルに強い人、瞬発力がある人も向いています。また、顧客と接するサービス業としての側面も持つため、接客やプレゼンテーションの能力も問われます」(馬場氏)

その一方で、技術的なスキルについては、特定のエンジニアリングに関する知識の有無というよりも、「常に学ぶ姿勢」「自ら変われる意識」がポイントとなるという。

MSP事業者に限らないが、最新のテクノロジーといっても、10年たつと特定のスキルが過去のものになってしまう。馬場氏は、20年たてば当時の最新技術でも中学生がこなせるレベルになってしまうと言う。いまの主流な技術、最先端の技術であっても、それを習得して終わりということにはなかなかならないわけだ。

このような世界で必要なのが、変化の最中においても発揮できる課題解決能力であり、新しい物事を積極的に吸収する力だ。馬場氏は「今の20代~30代の人たちはおそらく75歳くらいまで働く必要があります。だからずっと勉強し続けないと」と話す。働き続けなくてはならない環境下では、周囲の変化に対して素早く適応し続け、精神力(心)・基礎技術(技)・体力(体)を磨くしかないのだ。

常に新しい技術が登場するエンジニアの世界では、トレンドに振り回されない、賞味期限の長い基礎技術を自分に植え付けるしかないと馬場氏は言う。コンピュータサイエンスのような基本的な概念や原理を押さえていれば、新しい技術の習得も早い。馬場氏自身も、ハートビーツに勤めながら産業技術大学院大学(AIIT)で修士号を取得したそうだ。

株式会社ハートビーツ 馬場俊彰氏

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技術が10年足らずで陳腐化するいま、将来を予測するのは困難だ。ならば、変化に対して常に対応できる基礎的な知識と、スキルをベースに新しいものを学習し続ける能力が、これからのエンジニアには求められるだろう。

データサイズやデバイスの数、トラフィックなどの「量的な変化」、製品からサービスへ、技術指向からユーザー価値指向へのシフトといった「質的な変化」、これらの変化の速さを考えると、フロントエンド、バックエンド、インフラといった技術のレイヤーはもはや関係ない。価値を生むためにいかにソフトウェアを利用するか、システムを活用するかが問われる時代になっている。

執筆者プロフィール

中尾 真二(なかお しんじ)

中尾真二

フリーランスのライター、エディター。
アスキーの書籍編集から始まり、翻訳や執筆、取材などを紙、ウェブを問わずこなす。IT系を軸にセキュリティ、自動車、教育関連の媒体でフリーランスとして活動中。インターネット(とは当時は言わなかったが)はUUCPの頃から使っている。